第14回 「第九」と年末
「第九」と年末
なぜ日本人は年末になるとこんなにも第九を演奏したがるのか?ということはしばしば語られる。それもやや批判的あるいは嘲笑的な意を含んで。
たしかに、今日日本では毎年11月下旬から12月末にかけて全国各地でアマ、プロ問わず第九演奏会が大盛況である。その他の月にはほとんど演奏されないことを考えると、たしかに特徴的ではある。これは、終戦直後経営難に陥っていた某プロオーケストラ立て直しのために敏腕プロデューサーが第九演奏会を成功させ、オーケストラ団員の「餅代」(年越し資金)を稼いだことがそのきっかけ、と言われている。たしかにこのエピソードも事実かも知れない。しかし、第九と年末の切っても切れない関係は何も日本の専売特許ではない。
古くは今から100年ほど前よりドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は大晦日に第九を演奏することが慣例となっており、これは現在まで続いている。ウィーン交響楽団も、40年ほど前から毎年年末年始に第九を演奏することを恒例としている。また、ベルリン放送交響楽団も長年にわたって大晦日に第九をラジオのライブ放送向けに演奏している。このベルリン放送交響楽団の大晦日の第九を実際に指揮した経験のあるヨーゼフ・ローゼンシュトックが、のちに新交響楽団(現在のNHK交響楽団の前身)の常任指揮者となり、1937年の年末に新交響楽団とともに第九を演奏したのが日本における年末の第九のはじまりと思われる。そしてこの伝統もNHK交響楽団に引き継がれ、今日に至っている。さらに単発のものまで含めると、ドイツやアメリカでも大晦日あるいは年末に第九を演奏する例は、実は毎年かなりの数を数える。日本人が「日本だけの奇妙な風習」と言うのは、実態を知らずにむやみに自らを卑下しているに過ぎない。
やはり第九には、何か新しいものを生み出す勇気や将来への希望、といったメッセージを感じ取ることができるから、このような現象が世界中で見られるのではないだろうか?
たしかに、「全国津々浦々で年末になると一斉に第九を演奏し始める」という国は世界にも珍しいかも知れないが、それは決して奇妙な風習でも恥ずべき行為でもなく、日本人が第九という曲の本質をよく理解しているからこそ生まれた音楽シーンだと言えるだろう。