「歓喜の扉」最近の記事
「これは罰ですか/それとも愛なのでしょうか/人が泣き 海が泣き 大地がうめき/生き物がみな途方にくれ/ただただ空を見あげます」、福島の詩人・和合亮一さんの連詩の一部です。
新実徳英の合唱曲集「つぶてソング」は和合さんの「詩の礫(つぶて)」をテキストにしたもので、6曲の楽譜が出版されています。出版譜の解説で新実氏は「歌の力を借りて、全国に“気”を送りたいと願っています」と書き、さらに作曲し続ける宣言をしています。
大震災に見舞われた2011年の「第九演奏会」には特別な想いがありました。
合唱団は第2楽章の後でステージに入り、穏やかで美しい第3楽章を聴きながら合唱の出番を待ちました。故郷、三陸の静かで豊かな海、人々をやさしくつつみ、癒してきた平和な海の光景が浮かびました。
このブログ「歓喜の扉」は2011年3月から毎月3回更新で33回になりました。
2012年2月の合唱団総会で理事を退任いたします。これまでのおつき合いにお礼申し上げます。ありがとうございました。 (なかむら よしお)
日本語のカ行音には濁音の他に鼻濁音があり、鼻にかかる柔らかい音で発音する。鼻に抜いて鼻腔の共鳴をともないながら発音されるガ行の音、「音楽」の「が」などです。美しい言葉の響きは鼻濁音にあります。日本語の合唱曲を歌う時など、特に留意しなくてはなりません。
若い女性の言葉から鼻濁音が聞かれなくなったと言われますが年配者でもできない人がいます。
話し言葉を生業(なりわい)としているアナウンサーでも鼻濁音ができなかったり、言葉のアクセントやイントネーションの乱れに驚くことがあります。名詞には同音異義の言葉が多くあり、アクセントの位置によって意味が違ってくることがあります。
青森県を離れて30年以上の私ですが抑揚、音調、語調など、訛り(なまり)は現在もそのまま残っています。
東北弁に劣等感を持ったこともありましたが全国的に言葉の画一化が進み、今では若年層から訛りが消えつつあります。津軽弁では自分のことを「わ(我)」、相手のことを「な(汝)」といいますが津軽人同士の会話を聞くとフランス語に似ていると言ったのは著名な国語学者でした。 (なかむら よしお)
東日本大震災は釜石の町に大きな被害をもたらしました。死者、行方不明者1200人、住宅の全壊3000戸とされます。2011年の開催は難しいのではと危惧されたのが「かまいしの第九」でした。33年間、市民に親しまれ歌い継がれてきたものです。
「震災の年だからこそ歌いたい第九」、それに敢えて挑戦したのが釜石東中学の生徒たちでした。「届け復興の歌声」として全校生徒187人の4ヵ月間の取り組みがNHK総合で放映されました。
「第九」は恐怖のファンファーレではじまり、山を登るように困難や苦難をクリアし、登頂の喜びを全ての市民と共有できたら、それが生徒たちの思いです。
津波で母親を失った1年生の女生徒、住居を流され祖母を亡くした3年生のリーダー、それぞれに深い悲しみを背負って12月11日の演奏会を迎えます。会場の体育館には800人の被災者が詰めかけました。歓喜の大合唱が一人ひとりの心に響いているのが画面から伝わってきました。
釜石東中学校は校舎の3階まで津波が襲い、建物はほぼ全壊しました。大津波警報が出る中、近くにある小学校の児童の手も引きながら高台に上り、両校の児童、生徒570人は全員無事でした。この迅速な避難劇は「釜石の奇跡」と言われています。 (なかむら よしお)
それぞれの楽章が「押し寄せる大津波」、「破壊された町、がれきの山」、「美しかった以前の海や山、町」、そして4楽章では「喜びの旋律が響き始め、大河となって終曲へ」。これは今年の「第九演奏会」を聴いて、いつもとは違う情景に聴こえたという感想です。前橋第九合唱団の公演を聴いた方の新聞投稿です。
合唱団のピアニストでパリ在住の水野先生からは演奏会直前、団員宛にメールがありました。
「今年は大きな震災があり、原発事故があり、日本中が今まで考えたこともない経験をすることになりました。だからこそ、今年の第九は意味があります、力があります。7月には浜松に帰ってモーツアルトのレクイエムを聴かせていただきましたが、この合唱団の個性が演奏に表れていて驚きました。レクイエムを歌っても浜松フロイデの音楽になっている、それは大切なことだと思います。第九本番では自分から熱狂しないこと、演奏者としての責任を果たすことが、みなさんのミッションですから。それでも気持ちは絶対に伝わります。みなさんには、きっとすばらしい経験が待っていることでしょう」。
12月11日の本番では「苦しみを乗り越えて歓喜へ」、演奏者も聴衆も同じ思いを共有できたのではないでしょうか。 (なかむら よしお)
2011年・第九演奏会、お客さまからの感想です。
◇「モーツアルトの序曲から始まって第九の演奏、そして合唱団退場まで84分間、一度も弛緩しなかったのは指揮者の力量だろうか。切れ味するどい演奏だった」。
◇「ステージから溢れるエネルギーがスピード感として伝わってくる演奏でした。要所をしっかりまとめるシャープな演奏でした」。
◇「4楽章のラストで合唱団がオケに置き去りにされがちですが、合唱と器楽の一体感があって指揮者のまとめ方は見事でした」。「合唱を受けてのオケの疾走感は素晴らしかった」。
◇「東フィルの弦の美しさは相変わらず、アンサンブルも申し分なかった。単なる名曲コンサートにあらず、本物を体験した気がした」。
◇演奏中におしゃべりする人がいて困りました/去年はチケットが取れなかったが、ことし夢が実現できて涙が出ました/この幸せを大勢の人にと思いました/学生時代に合唱をしていたのですが、第九の生演奏は初めてで迫力に驚きました/鳥肌が立ちました。大きくなったら僕も歌いたい(中学生)。 (なかむら よしお)
3・11から9ヵ月の節目に、2011年の「第九」演奏会が開催されます。
合唱団のスタート台に立ったのは191人、そして12月11日・本番のステージに立つのは184人の予定です。
私たちはアマチュアの市民合唱団ですが国内外を代表する音楽家と共演することを選択しています。本番が合唱団の発表会ならともかく、れっきとした演奏会を目指す上は最善が要求されます。練習出席率を挽回できない事情で11月に入ってからの退団者は残念です。
団員の「やる気と情熱」には温度差があり、練習出席率、チケット枚数、団活動への参加などを個人別に数字化したものから、いろいろな景色が見えてきます。団員一人ひとりがそれぞれ違う環境の中で演奏会の成功のため、精いっぱい努力している姿は尊いものです。
団員にとって5ヵ月間の集大成となる本番は、あっという間に過ぎていきます。アスリートが人生を「瞬間」で表現するようなもので一発勝負の恐さと醍醐味があります。そうしたチャンスは大切にしたいものです。
ここからは体調管理と集中力の維持でステージに立つだけです。 (なかむら よしお)
恒例行事になっている医療生協支部のバス・ハイクは中山道の妻籠宿、馬籠宿めぐりでした。
1日だけ開催される風俗絵巻行列が目当て、12時までに現地に着くため出発は朝7時30分にしました。ところが集合場所に大型貸切バスが現れません。バス会社に連絡してびっくり仰天、「予定では明日になっています」。
当初の日程を変更した筈だったのが先方には届いていなかったのです。45人の参加者は寒さをこらえて待っています。
いつも、わがままを聞き入れてくれる小さな旅行業者、非常事態とあって車両と運転手を何とか確保して予定より1時間10分遅れの出発でヤレヤレでした。事前の現地下見を2回、手づくりの栞、ゲームの景品、みかんやお菓子などのおやつ袋、すべてを失うかもしれないアクシデントを救ったのは運転手さんと参加者のやさしさでした。前日、「明日はお世話になります」と業者に電話しておけば解決したことでした。
合唱団でも過去に練習会場、会議室が予約されていなくて、団員が困ったことがありました。この種のミスを防ぐのは1本の電話で済むこともあり、責任ある人の気配りさえあれば起こり得ないことです。 (なかむら よしお)
定例の練習は3時間のうち休憩15分のみ、団員同士でお話する時間がないので全団員を対象とする全体交流会を開催しています。
この時期ですから演奏会に向けての決起集会となります。日曜練習後に設定、今年2回目の全体交流会は出席70人余、グラス片手に懇談の輪が広がりました。誰もがお酒を飲んで、食事をしている時はニコニコ顔になります。
合唱団の合宿交流係が参加者を募り、会場の選定、会費などを決めますが浜松市内で70人以上がお酒を飲みながらワイワイ懇談できるお店は限られてしまいます。フリードリンク制は値段と人数次第ですが酒の肴はグルメにはなりません。幹事役と店側の利害が一致するためのスタイルです。
一方、班の交流会は班長さんの裁量で開催しています。8人前後のグループになりますからお店の選択は広がり、会話の密度も濃くなって団員同士の結束に力となります。
こうした公式(?)なものとは別に仲よしグループでのランチ会や飲み会があり、付き合いの多い団員にとっては出費がかさみます。合唱団も生身の人間集団、一人ひとりのバックグラウンドが分ってこそ思い遣りも生まれてきます。そこが交流会に期待するところです。 (なかむら よしお)
今年の第九演奏会指揮者、曽我大介さんを迎えての1回目の合わせが終了し、2回目の指揮者合わせ11月29日に向けて合唱団を仕上げていきます。
「男声合唱」では、4分音符+休符、付点4分音符の違いを曖昧にしない。練習記号「M」では、2拍子ではなく、6拍子で感じるように。リラックスして怖い表情にならないこと。「フーガ」では3つのテーマのキャラクターをハッキリ付けること。車窓から見る遠景、近景の流れの違うイメージを。練習記号「R」では6拍子を感じて、時限爆弾の時計の刻みのように。
指揮者合わせ欠席者は事前に申し出た2名でした。
この段階で練習出席率が低く残りの日程も出席が厳しいということで1名の退団がありました。また、演奏会直前になっての病気や怪我、身内の予期しない事態の発生などで毎年1〜2名の団員が無念の降板を余儀なくされてきました。本人の努力で克服できることはしっかり準備して全員がステージに上がることを目指します。
合唱団では演奏会本番だけに出演するエキストラは認めていません。声楽家でも、10年以上の経験者でも練習出席を義務付けています。12月11日の本番はやり直しの利かない真剣勝負、集中力を高めて臨みます。 (なかむら よしお)
「60歳を過ぎたころから無性に自分が生まれた街を見てみたいと思うようになった。私が生まれたところは中国の大連」。こんな書き出しの読者(66歳・主婦)からの新聞投稿があります。
「父と母が大連で結婚し、兄と私が生まれた。日本に引き揚げて来たのは2歳のころなので、大連の記憶や思い出は一切ない。アカシアの花が咲く5月、私は大連に降り立った。恋をし、1番幸せな時を過ごした父と母は、このアカシアの並木の下を腕を組んで散歩したのだろうか」・・・。
「天国のお父さん、お母さん、そしてお兄さん。中山広場の真ん中で大きく手を振る私の姿は見えますか」。
私はこの文章を読みながら合唱団のことを考えていました。
「父が、母が1番幸せな時を過ごしたのはフロイデ合唱団で第九に挑戦していた時でした。いま、私がアクト大ホールのステージで第九を歌っているのが見えますか」。
私たちには浜松フロイデ合唱団を次の世代に引き継ぐ大切な役目があります。
(なかむら よしお)
