1981年から毎年「第九」を歌い続ける、浜松を中心に活動する市民合唱団です。

第16回 歓喜の歌(An die Freude)

シラーはフランス革命の4年前、1785年26歳の時友人の依頼により“自由賛歌”(Án die Freiheit)を書きあげた。封建的な政治形態と専制主義的な君主制に苦労してきただけに、ここで人類愛と何百万人の人たちにの団結による、人間解放を理想として高らかに歌った。そしてシラーは始め“自由に寄す”という題をつけたが、当時の官憲の厳しさから“自由”を“歓喜”に改めたという。その時は9節からなる詩であったが、6年後の自選詩集では当時の政治的な配慮をして、第9節を削除し表題を“歓喜に寄す”(Àn die Freude)に変更したといわれている。

ベートーベンはフランス革命からわずか3年後の1792年22歳の時、シラーの詩“歓喜に寄せて”(自由に寄す?)と出会い深く感動、いつかこの詩に曲をつけたいと心に秘め、約30年後の54歳の時に完成、自らの指揮で初演されました。

フランス革命に始まる主役が王侯貴族から市民に代わる時代に心躍らされた彼は、それまでの王や貴族や教会の為に作られていた音楽から離れ、正に市民の為に生き生きとした、ドラマチックな曲を生み出していった。“3番英雄”“5番運命”“6番田園“と名作が揃う交響曲の集大成といえるのが、最後の”第九”です。

指揮者の故朝比奈隆は1936年、関西で初めて“第九”を演奏した時、20代であったがまとめ役を任された。師匠で指揮者のメッテルから、フロイデ(歓喜)は実はフラハイト(自由)なんだ。当時のあの体制の中では自由という言葉は使えないから代わりにフロイデとした。だからフラハイトで歌ってもよいのだと煽動されたという。フロイデとフラハイトは同じリズムの音符で歌える。

28年の間、街を引き裂き二分していたベルリンの壁がなくなり冷戦が終結となった。1989年12月25日ベルリンの壁開放を記念してバ-ンスタイン指揮で演奏された第九は、歓喜を自由(フラハイト)に置き換え歌われた。スコアーに喜びと記される個所は、今こそ“自由”という言葉に置き換えて歌うべく天から与えられた機会である様に思われた。べートーベンはそのことを喜んで許して祝福してくれると思われたという。

2012年EU(欧州連合)はノーベル平和賞を授与された。二度の世界大戦という苦い経験から決して戦争を起こさないよう、ヨーロッパを一つにしようという思いがEUを誕生させた。

指揮者カラヤンは欧州評議会の依頼を受けて第九の四楽章、“歓喜の歌”をピアノ独奏、吹奏楽、交響曲にそれぞれ編曲し、公式録音の指揮をした。1985年ヨーロッパ全体を象徴する“歓喜の歌”を“EUの歌”とした。欧州連合(28カ国)では多くの言語が使われている為、楽器だけで演奏されている。しかしドイツ語の詩が歌われることもある。ドイツ語の詩を様々な言語に翻訳して使おうとする試みもある。EUの歌は自由、平等、結束という統合されたヨーロッパの理想を表すもの。

ベートーベンの“第九の直筆譜”は2001年ユネスコの世界記憶遺産(他にアンネの日記、日本では藤原道長の“御堂関白記”などがある)に登録されている。              2020年はベートーベン生誕250年。生誕地のボンや22歳から多くを過ごしたウイーンを中心に多くのイベントが計画
されている。交響曲の全曲演奏、オペラ”フィデリオ”の上演など。2020年の大晦日にはベートーベン・イヤーを”第九“で締めくくるという。

参考文献:朝比奈隆ベートーベンの交響曲を語る、歓喜のうた第九のはなし、ベートーベンの第九交響曲 今に生きるベートーベン、他

ベース 朝比奈茂樹

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