第15回 ホグウッド

ホグウッドS【指揮者】クリストファー・ホグウッド
【管弦楽】エンシェント室内管弦楽団
【ソプラノ】アーリン・オジェー
【メゾソプラノ】キャサリン・ロビン
【テノール】アンソニー・ロルフ・ジョンソン
【バリトン】グレゴリー・ラインハルト
【合唱】ロンドン交響合唱団
【録音年月】1988年9月
【録音状態】良
【レーベル】ポリドール
【コメント】
指揮者のクリストファー・ホグウッドはイギリス生まれで音楽学者でもある。いわゆる「ピリオド派」と言われる、オリジナル奏法を用いた古楽器オーケストラでの演奏を得意とする。2014年9月に73歳で世を去った。
ホグウッドは、1983年から88年にかけて手兵「エンシェント室内管弦楽団」を率いてベートーヴェン交響曲全集を録音しており、この第九もその仕事の一環であるが、この全集では非常に興味深いことが起こっている。第1番から第6番まではいかにもピリオド派らしく、小さな編成で透明感のある音が聴けるが、第7番以降この第九に至る3曲は正反対で、倍管の編成で濃厚華麗な演奏に仕上げている。これは、音楽学者ホグウッドの研究によって得られたこだわりでもあるのだろうが、この姿勢はホグウッドが単なる「オリジナル派」ではないことを物語っている。
実は、同様に興味深いことが、この第九ひとつの中にも現れている。第一楽章から第三楽章までの印象と、第四楽章の印象がずいぶん違うのである。前三楽章は、いずれも快活なテンポと歯切れのよい音色で、実に軽やかな演奏となっている。ピリオド派にありがちなことであるが、ロマンチックな演奏を聴き慣れた耳には、肩すかしを喰らったような印象を受ける。
ところが、第四楽章は一転して実に濃厚な仕上がりになっている。ここでは、倍管がその威力をいかんなく発揮する。なにしろピッコロからコントラファゴットに至るまで管楽器は通常の2倍の人数、ティンパニまでが2人、という編成である。前三楽章とはまったく逆の意味でこれも聴き慣れた第九とはずいぶん違った印象を受けることとなる。この演奏は、CDではなく、響きのよいホールで生の演奏を聴いたらずいぶんゴージャスな気分が味わえただろうに、と思う。
ソリスト陣も、やや抒情的な表現が目立つが、これは指揮者の指示なのかちょっと疑わしい。
第四楽章Alla marcia のテンポに関しては古来数々の論争があるが、ホグウッドはブライトコップ旧版の楽譜指示通りの付点四分音符=84、という超スローテンポを採用している。これは、今日では多くの指揮者が、ベートーヴェンが書きたかったのはその倍のテンポ、つまり付点二分音符(1小節)=84、言い換えれば付点四分音符=168 であった、と解釈している。しかしそれではあまりに速すぎ、とくにオーケストラのフーガの部分が演奏不能ギリギリのテンポになってしまうため、多くはAlla marcia を常識的に解釈して付点四分音符=120前後で折り合いをつけている。
しかし、ホグウッドはあくまでかたくなに「楽譜通り」にこだわって、倍遅いテンポに挑んでいる。これが「マーチ」と呼べるかどうかは疑問だが、オケのフーガの部分は倍管の分厚い音色とあいまって、実に華麗な音の絵巻物を繰り広げる。
さらに終曲近くのMaestoso(916小節~)も、楽譜の指示に従って四分音符=60で演奏をしているが、ここは一般的には逆に倍遅いテンポでたっぷり歌わせるのが通例である。四分音符=60ではMaestoso とは感じられず、あっさりと通り過ぎてしまうからだが、あくまで「書いてある」ことにこだあるのがホグウッド流なのだろう。
もちろん、録音年代は1988年であるから、デル・マーの原資料研究によって改訂されたベーレンライター版の出版(1996年)よりはるか前のことであり、現在ほど原典研究も進んでいなかったものと思われ、その点で「第九演奏史」の過渡期的な様相を見てとることもできてたいへん興味深い1枚ではある。
分厚く堂々とした第四楽章をお聴きになりたい向きにはお勧めの第九である。

次回は、20世紀前半に活躍した偉大なフランス人指揮者、ピエール・モントゥーの正統派第九をご紹介しよう。

(ドクトルじんじん)