第14回 クレンペラー

クレンペラー【指揮者】オットー・クレンペラー
【管弦楽】フィルハーモニア管弦楽団
【ソプラノ】オーゼ・ノルドモ=レフベルイ
【メゾソプラノ】クリスタ・ルートヴィヒ
【テノール】ワルデマール・クメント
【バリトン】ハンス・ホッター
【合唱】フィルハーモニア合唱団
【録音年月】1957年11月
【録音状態】
【レーベル】Warner Classics
【コメント】
20世紀を代表する大指揮者のひとり、オットー・クレンペラーが1957年に手兵フィルハーモニア管弦楽団とともに録音した一枚である。
クレンペラーの人生は、今の時代なら奇人変人か犯罪者と言われてもしかたのないようなエピソードに満ちているが、彼が作り出す音楽はそんなエピソードとはまったく無縁の、美しさであふれている。
この第九をひとことで評するなら、「気宇壮大」あるいは「重厚」であろうか。
最初から最後まで、感情をむき出しにしたりおおげさな表現をしたりすることは決してなく、テンポもアゴーギグも終始おだやか、あるいは重々しい。クレンペラーにとって、演奏とは感情を表現するものではなく、構成美を表現することだったのかも知れない。
とくにそれを感じさせてくれるのは第二楽章である。クレンペラーは、第二楽章のテーマであるはずの諧謔とか世俗の喜びといった表現より、堂々とした音楽そのものの美しさを伝えることに腐心をしたようである。これは、スケルツォやトリオの持つ本来の様式美とはかえって逆のあり方であるようにも思えるが、クレンペラーが構築する曲の全体像を俯瞰で考えると、やはりこの方法が正解なのだろう。
第四楽章のバリトンソロの部分で、非常に珍しい表現を聴くことができる。
バリトンがレチタティーヴォを詠唱したあと、Allegro assai に入る直前の複重線で、一般的には小さな休み(パウゼ)を取り、あらためて「Freude !」と呼びかけることになるのだが、クレンペラーはここでパウゼを取らず、すぐにAllegro assai に突入する。ところが、バリトンと男声合唱による二回ずつの「Freude !」の掛け合いが終わった直後、バリトンソロの Freude shöner Götterfunken と歌い出す前にパウゼを入れるのである。掛け合いの前に区切りをつけるのか、後に区切りをつけるのか、によって掛け合いの意味が異なってくる。実に細かい芸と言えるだろう。
この時代としては録音が非常にクリアで、内声部や対旋律がよく聴こえるのもうれしい。
今日に至るまで、史上最高のホルン奏者と評されるデニス・ブレインは、このフィルハーモニア管弦楽団の首席奏者であり、クレンペラーとも多くの録音を残したが、この第九録音の2か月前に交通事故で亡くなってしまった。かえすがえすも残念なことである。
なお、この第九録音の7年後の1964年、フィルハーモニア管弦楽団は解散を余儀なくされ、有志によって再結成された「ニュー・フィルハーモニア管弦楽団」はクレンペラーを名誉総裁に迎えるが、その門出を飾る初コンサートのプログラムが第九だったという。彼らにとっても第九は特別な意味を持つレパートリーであったことがよくわかるエピソードだ。

次回は、ピリオド楽器(古楽器)指揮の大家、クリストファー・ホグウッドの1988年の演奏を紹介しよう。

(ドクトルじんじん)