第8回 ブリュッヘン

00_ブリュッヘンS【指揮者】フランス・ブリュッヘン
【管弦楽】18世紀オーケストラ
【ソプラノ】レベッカ・ナッシュ
【メゾソプラノ】ウィルケ・テ・ブルンメルストローテ
【テノール】マルセル・ベークマン
【バリトン】ミヒャエル・テヴス
【合唱】ラウレンス・コレギウム / ラウレンス・カントライ
【録音年月】2011年11月
【録音状態】優
【レーベル】Glossa
【コメント】
フランス・ブリュッヘンはオランダ出身の指揮者。前半生は優れたリコーダー奏者として世界的に活躍し、47歳のときに私財を投じて古楽器オーケストラ「18世紀オーケストラ」を設立して指揮者に転向した、という異色の経歴の持ち主。2014年に79歳で没した。
ここに紹介する第九は、そのブリュッヘン & 18世紀オーケストラが2011年にレコーディングしたものだが、聴きなれた近代のオーケストラによる第九とは明らかに違っていることがたいへん珍しく、興味深い。
まず、古楽器を使用していることで、各楽器の音色が現代のものとかなり違うことがはっきり聴き取れる。とくに顕著なのはフラウト・トラヴェルソ(現代のフルートの前身にあたる木製の横笛)の温かみのある音色だろう。ブリュッヘン自身、この楽器の名手でもあったので、細かい指示を与えたのかも知れない。またホルンはノーバルブのものを使用しているために音色が素朴なことに加え、機動性が悪いことがかえってひとつの味になっているように思える。第二楽章の早いパッセージも第三楽章の跳躍を伴うソロも、かなりギリギリの名人芸と言えよう。この演奏を聴いていると、ワーグナーのように「もしベートーヴェンの時代に現代の楽器があったなら」と楽譜を書き換えるより、楽器をベートーヴェンの時代に戻して、ベートーヴェンが頭の中で鳴らしていたであろう音楽を探るほうがアプローチとしては正しいように思える。
古楽器を使ってはいるが、いわゆる「原典主義」の立場は取っていないようで、楽譜はブライトコップ旧版とベーレンライター版の両方を部分的に採用しているようである。このへんは学究肌であったブリュッヘン自身の研究によるところだろう。
この録音における最大の聴きどころは第三楽章であると思われる。ブリュッヘンは、緩徐楽章であっても音の一つ一つをゆったりと鳴らすというより、フレーズを大きくつかんで音楽を前に流していくことに意を用いているように思われる。そのことが、上記の古楽器による温かい音色とあいまって、他にはない爽やかな印象の第三楽章を創り出している。
第四楽章はかなり個性的で、興味深くはあるが好き嫌いが分かれるかも知れない。もっとも驚かされるのは、バリトンによるレチタティーヴォのあとの男声合唱による「Freude !」の呼びかけである。文字通り言葉による呼びかけであり、音程がまったくない。そう言えば、第四楽章序盤のチェロ、コントラバスによるレチタティーヴォも、まるで人間の語りかけのように聞こえる。
テナーソリストの歌い方は、まるでイタリアオペラの主役テナーのようであり、とくにAlla marciaのソロは違和感をぬぐえない。Andante maestosoでの男声合唱による Seid umsclungen も妙に優しく、雄々しさを強調していないが、これも指揮者の好みなのだろうか?
決して「標準的」「模範的」演奏とは言えないが、いつもの第九に飽きたときには聴いてみるのも面白い一枚ではある。

次回は、第1回でご紹介したフルトヴェングラーによるバイロイトでの演奏と並んで、もうひとつの「決定盤」とも言えるバーンスタイン=ウィーン・フィルハーモニーによる1979年の録音を採り上げよう。

(ドクトルじんじん)