第7回 カラヤン

00_カラヤン62年S【指揮者】ヘルベルト・フォン・カラヤン
【管弦楽】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
【ソプラノ】グンドゥラ・ヤノヴィッツ
【メゾソプラノ】ヒルデ・レッセル=マイダン
【テノール】ヴァルデマール・クメント
【バリトン】ヴァルター・ベリー
【合唱】ウィーン楽友協会合唱団
【録音年月】1962年10月
【録音状態】良
【レーベル】ユニバーサル・ミュージック
【コメント】
帝王カラヤンが指揮をした第九は、確認されているだけで過去少なくとも9種類の異なった録音のものが発売されている。(現在入手できるかどうかは別として) 今日ご紹介する演奏は、カラヤンが初めてベルリン・フィルハーモニーとベートーヴェンの交響曲全集を録音したときの第九で、9種類の音源の中では内容的に最も評価されている盤である。
まず録音状態がたいへんよい。単に音質がよいというだけでなく、残響が音響的な編集によって心地よくコントロールされているように聞こえる。そのため、演奏が全体的に非常に豪華、あるいは流麗な印象を受けるのである。
また、演奏能力の高さはさすがのベルリン・フィルである。かなり速いテンポの第二楽章、また逆に非常にゆったりとした第三楽章、カラヤンが採用したテンポはいずれも演奏者泣かせでアンサンブルが乱れがちだと思うが、この演奏は実に小気味よくそれらをクリアしている。
また、とりわけ木管楽器の音色の美しさには圧倒される。この盤が録音された1962年は、フルートにカールハインツ・ツェラー、クラリネットにカール・ライスター、オーボエにはローター・コッホといった、いずれもスーパースターとも言えるソリストが名を連ねていた時代である。彼らの音が同時に楽しめるというだけでも、聴く価値のある第九と言えるだろう。それにソリスト陣、とくにソプラノのグンドゥラ・ヤノヴィッツの美声には聴き惚れる。
ここでのカラヤンの音楽づくりは、彼の他の仕事と同様、いかにも時代を味方につけるような颯爽とした趣きがある。感情を露わにした粘り気のある表現や、感動を押し付けるようなことは決してしない。あくまでスマートに、しかも豪華に、と計算され尽くされた感がある。
前述の音響的な処理も、確実にカラヤン自身の要求であることは間違いないだろう。生身の音楽家に対面して成し遂げる仕事以外に、カラヤンは聴衆に届くまでの音楽に責任を持った指揮者、と言えるかもしれない。
この全集にはボーナスとして、この演奏の録音前のリハーサル風景を収録したCDが付属しているが、これがまた実に面白い。ベルリン・フィルのメンバーと言えばプライドが高く、もちろん音楽家として超一流の人材が揃っているわけだが、このリハーサルの様子を聞くと、カラヤンがそんな楽員たちをまるで子供のように扱っていることがよくわかる。この年カラヤンはまだ54歳、ベルリン・フィルの首席指揮者・音楽総監督に就任して7年目である。自分より年上の楽員も多かっただろうと思うが、カラヤンのリハーサルはそんなことには頓着していない。
もっとも興味深いのは次の部分である。
第4楽章中盤の聴かせどころ、Adagio ma non troppo, ma divoto (Adagio しかしやり過ぎず、敬虔に)で、合唱が満を持して「Ihr stürzt nieder,」と歌い出す部分であるが、このnie-derの2つの二分音符には合唱各パートにも、木管、ビオラ、チェロのオケ群にもスタッカート(に見える黒点)が書かれている。そのため、リハーサルでオケのメンバーは当然、スタッカート気味に演奏したわけだがカラヤンはすかさず演奏を止めて、厳しい口調でこう注意を与える。
「違う、違う! ピアニッシモ(2小節後)までずっと続けて。君たちは音符と音符の間に大きな切れ目を入れているが、そんなものは楽譜に書いていない! それでは文書偽造だ!」
さすがに楽員のひとり(たぶんコンサートマスター)が「でも、黒い点がついていますが・・・。」と遠慮がちに抗議すると
「その点は『音を正しく弾き始めなさい』という指示だ。この点は音の長さとは関係ない。(スタッカートではない、という意味) そんな風に音楽学校で習った者がいたら、そいつは国民を騙す者として追放されるだろう!」
と切り返している。
ベートーヴェンの楽譜に書かれている黒い点のほんとうの意味がどういうものであったか、は興味深い研究テーマであるとは思うが、百戦錬磨のベルリン・フィルのメンバーたちも、このカラヤンとのセッション以前にはここはスタッカートと信じて演奏し続けてきたはずである。
それを、まるで音楽大学に入学したての1年生に教えを垂れる教授のように、カラヤンはバッサリと斬って捨てている。なるほど、できあがった録音のこの部分を聴いてみると、かなりテヌート気味に演奏していることがわかって、二度楽しめるCDになっている。

さて、次回はまた時代をグッと下って、2011年に録音された古楽器オーケストラによる珍しい第九をご紹介しよう。

(ドクトルじんじん)