00_ジンマンS第4回 ジンマン

【指揮者】デイヴィッド・ジンマン
【管弦楽】チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
【ソプラノ】ルート・ツィーザク
【メゾソプラノ】ビルギット・レンメルト
【テノール】スティーヴ・ダヴィスリム
【バリトン】デトレフ・ロート
【合唱】スイス室内合唱団
【録音年月】1998年12月
【録音状態】中
【レーベル】RCA
【コメント】
指揮者デイヴィッド・ジンマンは米国人で、2014年のシーズンまで20年間にわたりスイスの名門オーケストラ、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督を務めた。
このCDは、数ある第九CDの中でも賛否両論のあることで有名な、ある意味「問題作」である。
まずCDの発売経緯であるが、この第九は単独で発売されたわけではなくジンマン、チューリッヒ・トーンハレのコンビによるベートーヴェン交響曲全集の最後を飾る一枚として発売された。そしてこの全集全体が「ベーレンライター版楽譜を使用した、モダン・オーケストラによる(すなわち古楽器オーケストラではない)初めてのベートーヴェン交響曲の全曲録音!」というキャッチフレーズのもとに発売された。ベーレンライター版楽譜が出版されて間もない当時、この宣伝文句はたいへん魅力的に聞こえたが、実際にベーレンライター版楽譜を見ながら録音を聴いてみると、少なくとも第八番まではベーレンライター版を使用した、とは感じられなかった。むしろ、ジンマンの独自解釈によるユニークなベートーヴェン全集、という印象が強い。さすがに最後の録音となった第九だけはデル・マーが改訂したベーレンライター版の内容が多く採用されているようだが、それでもすべてというわけではなく、ブライトコップ旧版のままのところも散見される。
これらの発売経緯は、ジンマン自身の責任というよりはCD会社の販売戦略によるものだったのだろうが、とにかく販売当初からやや胡散臭さを漂わせるものであったことは事実だ。
さて、その演奏である。
全曲の印象をひとことで言えば「冷ややか」、よく言えば「理性的」であろう。とにかくどこをとっても「熱い」「興奮」「感動的」という言葉の対極にある演奏である。ベーレンライター版の改訂を多く採用しているとは言っても、いわゆる「原典主義」の演奏家の立場ともやや違う。テンポは、全体的に言うと一般的に採られているテンポよりかなり速い。とくに第二楽章のトリオの部分は冗談としか思えないような快速ぶりである。実はここのテンポについては歴史的に議論のあるところで、初期の楽譜では (二分音符)=116と書かれていたが、これでは曲想から言ってもPrestoという指示の整合性から考えても遅すぎる、との解釈から多くの指揮者が(二分音符)=160に近いテンポを採用してきた。聴力を失ったベートーヴェンの代わりに身の回りの世話から楽譜制作まで手伝っていた甥のカールが、この部分のメトロノーム記号を書きこむにあたって、ベートーヴェンが「160(60の部分は「ゼヒツィッヒ」)」と言ったのを「116(同「ゼヒツェーン」)と聞き間違った、という解釈である。
しかし、ジンマンによるこの録音でのテンポはなんと(二分音符)=206前後。これは上記の議論とは関係なく、むしろブライトコップの最初の版が発売されたときに(二分音符)を(全音符)に書き間違って(全音符)=116としたことに依っているのではないか、とさえ思える。この(全音符)=116は単なるミスプリントであることは明らかで、ブライトコップ社も改訂版からは(二分音符)=116と修正しているのであるが。
また、第三楽章も第四楽章の多くの部分も、実に速い。速いだけでなく、アゴーギク(テンポの細かな揺れ)もほとんどない。フルトヴェングラーやラトルなどの演奏を聴いた後にジンマンを聴くと、肩すかしをくらったような気になる。
ソリストや合唱の表現も一貫してこの「あっさり味」の方針を徹底しており、決して熱くなることはない。Andante maestosoや二重フーガでさえも淡々と進んでいく。特筆すべきは、ラトルの稿でも触れたがバリトンソロ(男声合唱によるFreude! が入る直前)で短いアドリブが聴けることだろう。
オーケストラの響きがすっきりと爽やかに感じられるのは、古楽器的な奏法を採用していることと、ロマン派の流れを汲む指揮者たちが第四楽章で木管楽器の補強として金管を分厚く鳴らすのに対して、そういうことを一切排しているからだろう。ティンパニの音色なども古楽器的である。(実際に古楽器のティンパニを使用しているのかも知れない。)
結局、このCDは聴いていて「興味深い」とは感じるが、決して「感動する」とは言えない。「第九CDこの一枚!」としてお勧めできるものではないが、「毛色の変わった」第九をお探しの向きにはお勧めできるだろう。

変わり種第九のあとは、オーソドックスなイッセルシュテット、ウィーン・フィルの演奏を紹介しよう。

(ドクトルじんじん)