第3回 ワインガルトナー

00_ワインガルトナーS【指揮者】フェリックス・ワインガルトナー
【管弦楽】ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
【ソプラノ】ルイーゼ・ヘレツグルーバー
【メゾソプラノ】ロゼッテ・アンダイ
【テノール】ゲオルク・マイクル
【バリトン】リヒャルト・マイヤー
【合唱】ウィーン国立歌劇場合唱団
【録音年月】1935年2月
【録音状態】下
【レーベル】ナクソス・ヒストリカル
【コメント】
ワインガルトナーは、1863年に現在のクロアチア(南ヨーロッパ)にあたる地方都市で生まれた、19世紀後半~20世紀前半を代表する名指揮者。あのフランツ・リストに師事しブラームスとも親交があったというから、もはや音楽史上の人物であるが、そのワインガルトナーが実際に指揮した録音が今日まで伝えられていることは人類にとっての幸いである。
ワインガルトナーが現れるまでの第九は、リヒャルト・ワーグナーやハンス・フォン・ビューローの手によって大きく変えられて演奏されていた。彼らは、ベートーヴェンの作品は楽器の工業製品としての発達、進化がまだ不十分な時代に書かれたということを念頭に「もしベートーヴェンの時代に今の楽器が存在したなら、ベートーヴェンはきっとこう書いただろう。」と考え、楽譜に積極的に手を加えていた。また、テンポや表現法も時代の好みにしたがって感傷的、情緒的に改変して、彼ら自身が欧州各地で指揮者として演奏活動を行なった。その結果、18世紀後半にはこのロマンチック(ロマン派的)な演奏が当時の第九のスタンダードになっていった。
そのような動きに「待った」をかけ、ベートーヴェンの楽譜を子細に研究して大げさな表現を排したのがワインガルトナーだった。しかし、ワインガルトナーも今日言われるような意味での「原典主義者」であったわけではない。彼もまた、楽譜に実に多くの「改変」を行なっている。「ワインガルトナーの改変」として有名なこれら一連の細工については、今日の演奏現場ではあまり顧みられることはなくなったが、この録音によっていくつも確認することができる。
テンポに関して言えばきわめて「中庸」である。ワーグナーが演奏した第九がどのようなものであったかを直接音として知ることはもはやできないが、その後の数々の名指揮者の演奏(たとえばフルトヴェングラーの「バイロイトの第九」)と比べても、ワインガルトナーの演奏は決して熱くなることなく、全体的に淡々と進めることを意図していることがよくわかる。
ただ、第四楽章のソリストが活躍する部分になると、必ずと言っていいほどテンポを落し、その名人芸をゆっくりと聴かせるような配慮がなされているが、これなどはロマン派的な演奏を引きずっているように感じられる。たしかにソリストは4人ともすごい名手ではあるが、このテンポ感覚は今日的な常識では「いかがなものか?」と首をかしげざるを得ない。
さらにひとつ、この録音の傷を指摘するとすれば、第三楽章のティンパニのたった一音がきわめて残念な結果で残されている。第三楽章19小節目、夢見るような旋律の中、ティンパニがF-Bb-Bbと3音をピアノで優しく奏でるのだが、なんと第一音のF(高いほう)が「ガチッ!」と雑音を発している。おそらくマレットを振り下ろしたときに枠の金属の部分に当たってしまったものと思われる。ティンパニストとすれば痛恨のミスであり、録音の場合は伏して再テイクをお願いするべきところだと思うが、当時は録音自体が今ほど気軽に行なえるようなものではなかったのだろうか、後世までこの大失態が残ることになってしまった。
上記のように、ワインガルトナーのこの演奏は第九の演奏史的にたいへん貴重で重要な位置を占めるわけだが、そういうことは別としても、ふだん聴きなれた第九と比べてどこが違うか、宝さがし的な感覚で聴いてみるのも楽しいのではないか、と思う。

「改変」や「原典」の話が出たところで、次回は1998年録音のジンマン、チューリッヒ・トーンハレ盤を紹介しよう。これは、第九CDの中である意味「劇薬」的な存在である。

(ドクトルじんじん)