鈴木淳史「クラシック 悪魔の辞典(完全版)」

鈴木淳史「クラシック 悪魔の辞典(完全版)」 (洋泉社 720円)
          (参考) ピアス著 西川正身編訳「新編 悪魔の辞典
                         (岩波文庫 700円)

四回目の読書推薦は肩肘張らないで気楽に読み流して頂ければいい本を紹介します。
「クラシック 悪魔の辞典」を紹介する前にどうしても知っていただかねばならない本が一冊あります。アメリカのアンブローズ・ピアス(1842年生)が著した「悪魔の辞典」と言う一冊です。

どの国にもその国の文学を代表する第一級の作家ではないが作風なり人物なりがきわめて特異であるといったことで人気のある作家が一人や二人は必ず出ているものです。このピアスもそういった意味でのアメリカの短編小説家です。

このピアスの「悪魔の辞典」は、通常辞典と言われるものがそうであるように言葉の意味解釈がなされる、いわゆる辞典そのものです。少しだけ項目を拾ってみましょう。

 (希望)
     欲望と期待とを丸めて一つにしたもの。
 (歯医者) 
     あなたの口の中に金属を入れたかと思うと、あなたのポケットの中から
     何枚かの硬貨をつまみ出す手品師。
 (クラリネット)
     人が自分の耳に綿をつめこんでおいて操作する道具。クラリネットより
     もさらに耐え難い責め道具が二つある――二個のクラリネットがそれ。

という具合です。即ち私たちが岩波の「広辞苑」や三省堂の「明解国語辞典」を引くの同じ要領で調べたり眺めたりして使うものですが、「悪魔の・・・・」と称するだけのことはあってその説明文には「蔑視」「パロディ」「皮肉」「揚げ足取り」「冷やかし」「駄洒落」が存分に取り入れられているところに特徴があります。ピアス自身もわざわざ「ウェブスター辞典」のパロディとしてこれを編纂したものと見られます。しかし大事なことはそうした「皮肉」や「冷やかし」の解説の中にも真実が最低一個だけは含まれているのがこの辞典の偉大なポイントです。

ピアスの元本にはいくつの項目が立てられているか知りませんが、この岩波文庫版の項目数は700を超えます。もう幾つか面白い例をひろってみます。

  (幸福)
      他人の不幸を眺めることから生ずる気持ちのいい感覚。
  (長命)
      死に対する恐れが異常なほど長期にわたって引き伸ばされること。
  (追伸)
      ご婦人の手紙の中で、急いでいるときはそこだけ読めばよい部
  (復讐)
      自分の女の子からの恋文を恋仇に送りつけること、その女の子が恋仇
      と結婚したあとで。
  (サーカス)
      老若男女の別なく、人間どもが道化役を演ずるさまを、馬やポニーや
      象たちが見物することを許されている場所。
  (量)
      立派に質の代用をしてくれるもの、腹を空かせている時には。

何しろ700以上の項目が立てられているのだから立派な辞典であると共に、これ程読んで理解しやすく、ためになる辞典もそうはありません。

さてそれでは本来の紹介書物「クラシック 悪魔の辞典」に移りましょう。
著者の鈴木淳史は売り出し中の音楽評論家として活躍しています。「クラシック名盤ほめ殺し」「クラシック批評こてんぱん」(両著とも洋泉社)などの本を出しています。(批評こてんぱんは音楽評論のあり方を独断の辛口で批評している中々の本でした。)
その鈴木淳史がクラシック音楽のいろんな分野の言葉や事柄について、今度は鈴木がビアスの「悪魔の――」のパロディを試みたのがこの「クラシック 悪魔の辞典」です。立てられている項目数は約500にのぼります。これも幾つかの例を挙げてみましょう。

  (コンサートマスター)
      三流指揮者を指揮台におきながら二流の指揮を執り行う、一流の
      ヴァィォリン奏者
  (指揮台)
      指揮者の権限やプライドや虚勢の度合いをその高さで示したもの。
  (咳)
      (1)演奏に相づちを加え、録音にリアリティーをそえるもの。
      (2)楽章の間に聴衆が一成に行うパフォーマンスのひとつ。
  (チューニング)
      演奏会の前座や、楽章間の息抜きに行われる無調音楽のサーヴィ
      ス。現実パリ万博のとき、アフリカの観客はこれを作品と思って拍手
      してしまった伝説がある。これをいい加減にサッサとすましてしまう
      オーケストラは、響きに関する感覚が鈍感という証拠。 
  (初来日)
      多くの演奏家にとって日本での最後の演奏会。
  (合唱)
      人さえ集まれば最も手軽に始められ、まともな音楽になるには最も困
      難な形態の音楽。
  (スタッカート)
      スタッカートで装飾された音とスカートは短い方がいいが、スカート
      の場合に限り、その場で切ってしまうのは犯罪であると言うキマリご
      と。
  (レクイエム)
      生者のための癒しの音楽。
  (クラリネット)
      高音で夢を語り、低音でそれが破れた後の気だるさ嘆く木製の筒。
                (ピアスの辞典にもこの項目がありました。)
  (音楽の友)
      「友」というからには正面きって音楽を批判なんてしない。ただ黙っ
      てあなたの話にうなづくだけである、という編集方針を持った雑誌。
  (ソプラノ)
      女声で最も高いパート。情緒不安定でヒステリーで誇大妄想の役。
  (アルト)
      女声で最も低い声域。おばさん役。
  (テノール)
      男声で最も高い声域。主な役柄は能なし。
  (バス)
      男声で最も低い声域。権力者や老人など、オペラでは物語の中心か
      ら除外された役柄を担当。

何しろ500の項目が立てられているのです。後は本をお読みになるときのためにとっておきましょう。クラシック好きの方は是非一度目を通してください。アホらしいと思いながらところどころでバカ笑いしたりするのもいいでしょう。

今回は鈴木の「クラシック 悪魔の――」の紹介の形をとっていますが、本心はピアスの「悪魔の辞典」の方を是非読んでもらいたくてこの紹介をしたものです。                                      (真野光彦)

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このページは、靖が2008年2月26日 04:34に書いた記事です。

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